the ruins of a castle 乾燥気候のため、植物がほとんど生育せず、岩石や砂礫から成る広野を砂漠というのであって、砂があるから砂漠ではない。 こうして、表面を砂で覆ったところであっても、この下には固い岩盤が地表を覆っていたりする。 もっとも、そうでなければ、そこは蟻地獄のように、足を踏み入れたが最後その中に飲み込まれるという惨劇が待っている。 ガルウイングを拠点として、何度か場所を変えてぐるりと辺りを回ってみたが、目に映るのはただ砂のみ。それ以外は、魔族も姿を見せない徹底ぶり。 暑さに、ふうと溜息を付きながらセシリアは額の汗を拭った。 砂漠の熱波は、じりじりと焦がされていくような不快感がある。 「何もありませんわね。」 どれほどの場所を散策したのか自分でもよくわからなくなっている…と思いながらセシリアは、数歩前を歩いていたロディに声を掛けた。周りの景色は茶色一色であまりにも変化が無い。 彼も、念のためにと携えていたARMも既にホルスターの中に収めていた。あの亜種である魔物以外にも、普通なら魔物が出現する場所なのだが、一度たりとも遭遇していなかった。 それでも、彼等がこの場所を移動しようとしないもう一つの原因は、それ以外の生物の姿も無いという事だった。砂漠といえども、昆虫から小動物に至るまで生物はいる。 おかしいと告げられたロディの言葉にセシリアも頷いていた。 きっと此処には何かがある。 「念の為にサーチをしてみたけど、何も引っかからないな。」 セシリアはぷっと口元を抑えた。 「宝物…ではありませんよ?」 「案外勘違いするかもしれないだろ?ほら、あの機械についてた紅い宝石を…そのザックみたいにさ。」 「まぁ、ザックに失礼ですわ。」 セシリアが目を丸くしたのを見てロディが笑う。 「とにかく、地表をいくら眺めていても何も探せないって事はわかった。」 顎に手を当てて、う〜んと唸るとロディは再度辺りを見回した。 「そうですわね。」 残る方法は唯一つ、もしも仲間が同じ状況になっているのなら、同じ方法を取るだろうとセシリアは思った。 「此処で魔物が出てくるのを待ちましょう。」 「そろそろ…かしら?。」 ジェーンの呟きは風に乗る。 静寂だけが支配する奇妙な砂漠の一角で、ジェーンとニコラの二人は何かを待っていた。 「そうかもしれないが、まだかもしれない。もう少しこっちで座っていなさい。」 ニコラは、砂山の影になっている場所に座り込み、なおかつ日除けのフードを頭からすっぽりと被ってジェーンを手招きした。 「体力は温存しておいたほうが良い。」 「わかってるわよ。パパ。」 彼女も素直に頷いて、父親の横に腰を降ろした。 ニコラは愛娘の上にも、自分が被っているマントを掛けてやると、ジェーンの頬が微かに染まった。 「もう、こんな事小さい頃以来だわ。」 そう言って、自分の胸の辺りを指で示す。 コレ位の大きさの時…と娘は言っているのだろう。 特に怒った風でもないのだが、少しだけ棘のある言葉尻にニコラは苦笑する。自分のこの性格のせいで家族には苦労を掛けている。その自覚はあった。 しかし、自分の望みを貫いてくれと願ってくれているのもまたその家族。亡き妻にも、二人の娘にもそれほど感謝しているか言葉にするのは難しいほどだ。 「私はのんびりものだからね。ジェーンはどんどん大人になってしまうなぁ。」 にこにこと微笑みながら、自分を見つめる父に姿に、ジェーンは溜息を付いた。両手の上にちょこんと顎を乗せた姿は、普段よりも幼くすら見えた。 「本当よね。人が良いったらありゃしないわ。どうして、こんなとこにまで来る事になっちゃったんだか。」 「あ、それは、え…と、エマに呼び出されて、アーデルハイドまで部品を届に行ったんだよ。それで、ロディ君達にあって…要するに、なんとなく…だな。?」 身振り手振りを交えて、これまで経緯を娘に話すと最後は苦笑い。ジェーンは、可愛らしい眉を一層歪めて肩を竦めた。 「パパってばいっつもそうね。」 「…すまない。」 後ろ頭を掻きながらニコラは娘の顔を見つめた。 薄い板の上に散らばっていた点滅が、少しづつ一点に集まっていく。午後の昼寝もまっさりの時間に急激な変化が訪れていた。 マクダレンは、それを見つめながら自分の得物の感触を確かめる。身体の中で経験という名の『勘』が、その時が近いと教えてくれた。沸き立つような感覚と静かに冴える心。戦いを前した奇妙なほどの静けさが漂っていた。 さて、どのタイミングで博士を起こしてさしあげましょうか…。そんな呟きが初老の男から漏れた時、その薄い板が、怪音を発しはじめた。 「そろそろのようね。」 てっきり寝起きが悪いと思っていたエマが、すっと身体を起こした。長い脚を片方だけ曲げて、胸元に引き寄せる。 「そのようですな、エマ博士。」 チラリと板に視線を移すマクダレンに、エマは笑みを浮かべた。 「これはね。高出量のエネルギーを感知するように作ってあるのよ。つまり、『エネルギーが溜まってきている』もしくは、『地中に埋まっていた何かが出て来ている』ということね。」 「では、この警告音は…。」 「ある一定の感知量を超えると鳴るように設定してあるわ。」 唇をにまりと上げたエマに、マクダレンは笑みを浮かべて一礼をした。 「…エルゥの祠が起動する際に発っせられるものと同等の量ということでございますね。」 「流石ね。パーカー。」 「光栄でございます。」 再び深々と頭を下げたマクダレンを見降ろして、エマは立ち上がる。腰を覆うパレラを一気に剥ぎとると、何故が普段の服装に変わっていた。ミラクル!。そして、サングラスを取り去るタイミングで、マクダレンが眼鏡を差し出す。 「完璧。」 小さく呟いて、集約点に向かって歩き出したエマの後ろにマクダレンも付き従う。 板の発する警告音が相変わらずなのだが、砂がこぼれ落ちていく音が徐々に響きはじめた。 そして、見守る二人の目の前で、ありじごくの様に砂が大きく口を開いた。 普通の人間なら、まず気が付くだろう。 その上、感覚が全て鋭い(はず)の魔族ならば、異変が始まる前に気が付いていたっておかしくはないはずだ。 けれど、彼等は自分達がいる僅かにしか離れていない場所で、大きく砂が口を開けだしいる事に気が付かなかった。 大きな音を立てて、機械が浮上していくのにも気が付かなかった。何故なら彼等は、それよりももっと大きな声を出して、言い争いしていたのだから。 「きっきっ、きさまアウラちゃんの弁当を食ったなっっっ!!!」 「横についてたヒールベリーを1個食っただけだろうが!」 「ヒールベリー1個であろうと、ミラクルベリー1個であろうと、アウラちゃんが付けてくれた時点で、それは一国の宝になるのだ!」 えっへんとのけぞったゼットの背中に、ザックの蹴りが入る。 「ざけんな!くれっていったら、そいつを寄越したのはお前だろうが!」 「なにしやがる!!!先っぽをちょっと囓っていいていっただけだ〜〜!!!」 「ヒールベリーの先っぽだけなんか囓れるかぁあああ!おまけに先っぽは虫が囓ってたぞ!」 「だから囓らせてやったのに!」 齧歯類(ハンペン)が耳を塞ぐほどの、低レベルで柄の悪い叫び声に咆哮が重なる。 弁当箱を両手で抱えたゼットとそれに向き合うザックの周りに、今まで全くいなかった魔物達が徘徊していた。その魔物達が作り出す影が自分達に被さってきて初めて、二人は周りの状況が一変していることに気付く。 幾つかの端子が空中に向けて光を放ち、それがひとつにあわさる部分に、揺らめく影が出来たと思うと一頭の魔物が実体化する。 紛れもなく、エルウの祠とその能力に見えた。 ただ、その機器自体が、普段使い慣れている建物としてのエルウの祠と違い、脆く簡易的な気がするのは、その細長い棒状のものが砂から突き出して空中に浮かび、空から放り出される形で魔物達が生み出されているからなのだろうか。 どすんと彼等が地面に落ちる度に地が揺れる。 他の音の無い空間に、その音と、魔物達の咆哮だけが響いた。 その魔物達に果たして最初から敵意があったのかどうかは理解できない。しかし、お互いを視界に入れた途端に敵意をむき出しにして相手に襲いかかって行くところを見れば、彼等はお互いを仲間だとか、友達だという認識を持っていないようだった。 ある意味無差別に、個体に襲いかかるように仕向けてあるのだろうか。 二人を囲むように集まっていた魔物達は、一斉に中心にいる人間に襲いかかる。普通ならひとたまりもないだろうその状態も、一瞬に薙いだ二刃のきらめきに留められた。 一刀両断にされた魔物が、吹き飛ぶ。 背中を合わせたザックとゼットが、剣を構えたまま動かない。 「手応えのある相手とは言いかねるな。」 ぺろりと舌なめずりをする表情は、いかにも好戦的だ。ゼットは、そのまま笑みを浮かべた。 口元から覗く牙が、彼を魔族だと告げている。 「あんたのがまだ手応えがあった。」 それが自分だと知ると、ザックも眉と口元を上げた。 「じゃあ、ご期待に添わねえといけねぇな〜。」 語尾を冗談混じりに伸ばしていても、二人の出す雰囲気は鋭い。剣士である以上お互いの腕には、信頼をおいているという現れだ。 「行くぜ!」 先に地を蹴ったのは、ザック。 切っ先を魔物に向けて、走りこんでいく。 無数の敵に対して、それはやはり無謀に思える。再び彼を囲むように流れる魔物達の小さな輪が出来る。前面の魔物の爪を刃で止めた無防備なザックの背中は、その輪を身軽に跳び越えるゼットが守る。 しかし、ザックが剣を大きく振り切る前には、ゼットはその場を離れる。 二人の間に言葉も掛け声も無いのにも係わらずゼットとザックの息はぴったりだった。 エルゥの祠から生み出されていた魔物が、一端は周辺を覆い尽くす勢いだったが、二人の剣士によって確実に数を減らしていった。 「おい!魔族!」 ザックの声が響く。 「何だ!?」 「あの機械に近づけるか!!」 ザックの言う機械が祠の事だとわかると、ゼットは再び地面を蹴った。 長いマフラーすらも、魔物達の手の上をすり抜けていく高さ。何の邪魔すら入らず、ゼットは長い筒状のものに足を下ろす。 重力と己の体重を殺したような着地は流石というしかない。ゼットは剣を口にくわえるとその先端にある機器に手を伸ばした。 「ん?」 ゼットは微かに首を傾げる。そして、直も先端に手を伸ばした。 微妙に変わったゼットの様子に、魔物達をいなしながら、ザックが声を掛けた。 「どうした!!」 「…。」 見ると、眉間に皺を寄せてたゼットは、先端に指を回すと光を生み出している部分では無く、その下部。関節として繋がったところに指を当てて何かしていた。 「ゼット!?」 金属が触れ合う微かな音で、ザックはゼットが機械の外装を外して中味を確認しよしているのに気付く。ああ見えても、長い時間を生きてきた魔族。機械が扱えるのは、何回かの逢瀬で知っていた。 暫しの時間、ゼットはザックの方に振り返った。 剣を片手に握りなおし、ゼットはまだ機械を見つめている。 「違う。」 「はぁ?」 何が違うというのだろう? これが、魔物を運んでいたと思っていたのが違う?いやいや、目の前で生まれていた。 では?何だ?運ぶだけの機能ではないという事か?触ったくらいで、機能がわかるものなのか? 「こいつは『エルウの祠』じぇない!」 ゼットの声に、ザックは目を見開いた。 それでは、仮説が根元から違っているのではないか!? 「こいつは、俺達の…魔族の機械だ!」 「何だと!?」 しかし、二人の会話はそこで途切れる。一匹の魔物が、他のものを踏み台にしてゼットに向かって飛び掛ったのが見えた。 ちっ。 ザックは舌打ちをすると、剣を構えなおし、自分自身も魔物を足蹴にすると、魔物に切りかかる。足場の悪いゼットを庇うように背中から剣を突き立てるも、魔物は前に大きく体勢を崩しゼットと機械に圧し掛かる。 瞬間に光った、その先端。 その場で膨れ上がった光は、今度は両手を広げる程度の大きさに留まると一瞬で縮小していく。そして、その光に包まれたゼットとザックの姿は、砂漠から消えていた。 content/ next |